2020年の年明けからオンエアされている西武そごうCM『大逆転は起こりうる』が大変素晴らしく反響を読んでいます。

前半がネガティブなコメントになるのに対して、逆さから読むとポジティブなコメントになる、まさしく大逆転!

このCM を構成した方は、もう天才ですよ!

そんな『大逆転は起こりうる』のCMに出演している力士、炎鵬(えんほう)はどんな活躍の経歴の持ち主なのか、まとめてみました!

西武そごう『大逆転は起こりうる』CMに出演の力士

炎鵬(えんほう)関が角界に入るまでの経歴

炎鵬関は石川県金沢市出身で、現在は宮城野部屋に所属しています。あの横綱白鵬と同じ部屋です。

本名は中村友哉(なかむら ゆうや)さん。

1994年10月18日に石川県金沢市で生まれ。

身長168センチ、体重99キロです。ファンからは「ユウタン」や「ひねり王子」の愛称で親しまれているようです。

炎鵬関が相撲を始めたのは5歳のとき。お兄さんの影響で相撲を始めました。当時から炎鵬関は小柄な方だったのですが、小柄でも体の大きな友達に勝てたことで相撲が面白くなり、相撲に本格的に取り組むようになりました。

小学生の頃は、相撲の他に2年生から6年生の間に水球のキーパーも務めていました。

中学校に上がると相撲部に入部。中学3年生の頃に相撲の全国大会で石川県代表として出場し、団体戦で優勝します。

この頃の団体戦メンバーには輝(現在は高田川部屋所属)もいたようで、中学生の頃からハイレベルな環境に身を置いていたことが分かります。

卒業後は金沢学院東高校に進みます。

高校三年生の頃に世界ジュニア相撲大会で優勝。そして金沢学院大学に進学後は世界相撲選手権大会を2連覇するなどの偉業を残しています。

しかしながら本人は当初、就職活動をしていたそうで、応募先から面接時に角界に入ったほうがいいのではないかと勧められたそうです。

炎鵬関本人も他にやりたいことが見つからなかったため、大学卒業後は就職せずに宮城野部屋に入門することになりました。

ちなみに、炎鵬の四股名は白鵬が命名しています。

炎鵬(えんほう)角界に入ってから現在までの活躍経歴

身長は168センチで体重は99キロと幕内力士の中では一番小柄で、得意技は左4つや下手投げです。同じ宮城野部屋にいる主な力士は四股名の名付け親の白鵬や石浦などで、同郷には遠藤や輝がいます。

初土俵は2017年3月場所

白鵬の内弟子として宮城野部屋に入門してからは、初土俵の2017年3月場所で前相撲をとって一番出世。初めて番付についた5月場所では全勝し、序ノ口優勝を遂げました。

また、七月場所では序二段に昇進、ここでも全勝を成し遂げます。十一月場所では西幕下14枚目に上がりますが、一番目の相撲で常幸龍に敗れて連勝記録がストップ。しかし2018年一月場所では東幕下6枚目という番付から4勝3敗となります。

初めて番付についた5月場所は7戦全勝で序ノ口優勝とし、7月場所は序二段に上がって7戦全勝として優勝決定戦では幕内経験者の舛乃山を下手投げで下しました。

この場所から四股名の下の名前を本名の友哉から晃に変更しましたが、当初は初土俵から名乗る予定でしたが手続きがうまく出来てなかったためです。

大相撲入門の9年前にオートバイ事故で死亡した5年先輩の力士の名前に由来し、道場時代に慕っていたことでも有名です。三段目に上がった9月場所も7戦全勝で満津田との優勝決定戦を制し、三段目優勝として 11月場所は西幕下14枚目に上がりました。

しかし、全勝なら関取昇進の可能性もある番付となりましたが、常幸龍に敗れて連勝は21でストップしました。

十両昇進

その後2018年3月場所で新十両に昇進しました。

本来であればこの成績は関取に昇進できる成績ではなかったそうですが当時十両からの陥落力士が多かったこともあり、番付編成会議により3月場所より新十両昇進が決定しました。

この新十両昇進は歴代最速のスピード出世だったそうです。

その後は2019年5月場所では新入幕を果たし、7月場所では幕内でようやく勝ち越しました。

9月場所では9勝6敗と勝ち越したことで解説者の北の富士から讃えられ、2020年の正月広告でそごう・西武の正月広告に起用されるなど小兵力士の逆転劇に注目されています。

まとめ

CMでも小さな体で大きな者へ向かっていく果敢さは、往年の舞の海を彷彿させますね。

逆境に立ち向かう姿は、困難な事へ挑戦する方々に共感するものがあります。

今回のCM起用により有名になったこともありますし、今後もどんどん活躍してほしいですね!